三民主義:孫文自序
建國方略の心理建設、物質建設、社會建設の三書出版後、予は國家建設の起草を志し而して本書を完成せんとした。國家建設の一書は、之を前三書に比較し內容頗る厖大にして、民族主義、民權主義、民生主義、五權憲法、地方政府、中央政府、外交政策及國防計畫の八冊より成ってわる。而して其の中 民族主義の一冊は旣に脫稿し、民權主義、民生主義の二册も亦その大部分を草就し,其の他各冊の思想の詮索硏究の方針に就いても、亦大體規畫その緖に就き、餘暇を見て執筆一氣柯成に書き上ぐる許りの運びに至り、方に全書の完成を俟て出版の上世に問はんとしつつありし處、測らずも十一年六月十六日陳炯明謀叛し、觀音山を砲擊したるに依り、竟に數年の心血を注ぎて成りし各種草稿並に參考洋書數百種を悉く灰燼に歸したるは、殊に痛恨に堪えない。玆に國民黨の改組に際し、同志に於て決心事に從ひ心を用ひて奮闘するには、速に三民主義の奧義及び五權憲法の要旨を需めて宣傳資料とすることが最も必要である。故に毎週一回宛之が講演を為し、黃昌穀君に 於て之を筆記し、鄒魯君に於て之が讀校を爲さしめた。今民族主義は已に講義を終りたるを以て、 特に先づ單行本に印刷して同志に餉る。惟ふに此度の講演は、これが準備の暇なかりしと參考書のなかりしとに依り、登壇後隨意發言したるため、之を前稿に較・へて遺忘せる點が頗る多い。勿 論これが上梓に先立ち、訂正增補は為したものの、本題の情義敍論の條理及び引證の事實に至て は、總て遠く前稿に及ばざるが如く思はれる。尙は望むらくは同志諸君に於て、本書を基礎とし て類推敷衍し、之が闕遺を匡補し、條理を更生し一つの完全なる書たらしめ、以て宣傳の課本たらしむるならば、我民族我國家の幸量り知る可ちざるものがあるであらう。
民國十三年三月二十日孫文序於廣州大本營